浮き輪を投げ続ける 〜sunalab. 4年目のはじまりに〜
10月で、sunalab. は4年目を迎えます。
2023年10月に開業して、あっという間の3年でした。
この秋、3年ぶりに砂浴を開催することができました。志賀島の砂に埋まって、波の音を聞きながら、ぼんやりと考えていたことがあります。
私、ちゃんと浮き輪を投げられているかな。
今日は、sunalab. の核にあるものを、4年目に入るこのタイミングで、あらためて書いてみたいと思います。

助けに行くのではなく、浮き輪を投げる
sunalab. を始めるとき、私の中にひとつの決めごとがありました。
溺れている人を助けに飛び込むのではなく、浮き輪を投げる。
これは、看護師として20年働いた中で、いちばん強く思ったことでもあります。
飛び込んで助けようとすると、たいてい二人とも沈みます。溺れている人は必死ですから、助けに来た人にしがみつく。そうやって共倒れになる場面を、病院の中でも外でも、何度も見てきました。
それに、代わりに泳いであげることはできないんです。
どれだけ願っても、どれだけ手を尽くしても、その人のカラダを生きられるのはその人だけ。
だから、浮き輪を投げる。
つかまるかどうかは、その方が決めること。つかまったあと、どこへ泳ぐかも、その方が決めること。
砂枕は、その浮き輪のつもりでつくっています。

私自身が、溺れていたから
えらそうに書いていますが、私も溺れていた人間です。
看護師になって10年目の2010年、潰瘍性大腸炎を発症しました。国が指定する難病です。
そして2019年10月に卵巣腫瘍の手術、12月に卵巣がんの根治術と抗がん剤治療。
お腹には21cmの傷が残りました。
そのときの私は、「働けなくなること」がいちばん怖かったんです。カラダのことより、そっちでした。
いま思えば、カラダはずっと前から知らせてくれていました。
冷えきっていたこと。眠りが浅かったこと。背中がガチガチだったこと。
全部、サインでした。
でも私は「これで死ぬわけじゃないから」と、
ひとつずつ聞こえないふりをしていました。
看護師だったのに、です。
いえ、看護師だったからこそ、かもしれません。
人のカラダのことばかり見て、
自分のカラダは完全に後回しにしていました。
手が、教えてくれていた
いま振り返って、確信していることがあります。
卵巣がんの手術と抗がん剤治療を終えて、8ヶ月ほど療養していました。
その療養が明けて、「いつから職場に戻るか」という日付が決まった途端、手が荒れ始めたんです。
そういえば、と思い出しました。
病気が発覚する直前も、同じでした。
手術室で手洗い看護師をしていた私にとって、手荒れは日常茶飯事ではありませんでした。それなのに、あの時期だけ急に荒れ出して。「そろそろ手術看護師としてのキャリアも終わりかもな」なんて、ぼんやり思っていたんです。
カラダは、ちゃんとお知らせしてくれていました。
もう限界だよ、と。
そして療養明けには、もう戻らないで。同じことの繰り返しだよ、と。
でも、そのときの私は気づけませんでした。
心がいつのまにか疲弊していて、カラダの反応にすら気づけなくなっていたのだと思います。
頭で考えて、考えて、考え抜いても、自分にとっての最善の答えが出せなくなっていました。
考えるほど、遠ざかっていたんです。
いまなら分かります。あの手荒れは、症状ではなくメッセージでした。
そして、改めて実感しています。
答えは、頭で考えるよりも先に、カラダがちゃんと訴えてくれていた。
だからこそ、ご自身の感覚を大切にしてほしい。心から、そう願っています。
いちばん初めに、ふっと感じた直感。
その昔は、みんなそれに従って自由に生きていたはずなんです。
お腹が空いたら食べて、眠くなったら眠って、行きたいほうへ行っていた。
それが、社会がつくったルールや、自分でつくってしまったレールの上を歩いているうちに、いつのまにか忘れてしまった。
「こうあるべき」
「こうしなければ」
そのたびに、最初に浮かんだ感覚は、後ろへ後ろへと押しやられていきます。
私が、そうでした。
20年かけて、自分の感覚を聞かない癖をつけてしまったのだと思います。

砂との出会い
転機になったのは、2020年の6月でした。
東城百合子先生の『家庭でできる自然療法』という本で、砂浴を知りました。
砂浜に穴を掘って、首から下を砂に埋めて、ただ横になっている。それだけ。
正直に言うと、最初は「ほんとかな?」と思いました。西洋医学の中に20年いた人間ですから、数字で説明できないものは苦手だったんです。
でも、やってみたんです。
そして、やってみて驚きました。
帰宅してなだれ込むようにベッドで爆睡して、翌朝の目覚めの良さといったら、言葉にできないほどでした。カラダの中の大事な部分のスイッチが切り替わったような感覚。頭がすっきりして、視界までクリアになったような氣がしたのを、今でも覚えています。
そこから、私のカラダは少しずつ変わっていきました。
2021年8月、病院を辞めました。そして砂枕をつくり始めました。

なぜ、砂浜ではなく「枕」だったのか
砂浴には、はっきりとした限界があります。
夏の砂浜でないとできない。気温が足りない日も、雨の日もできない。そもそも砂浜まで出ていける状態の方でないと難しい。
私が知ってほしかったのは、いちばんしんどい時期にいる方です。
でも、いちばんしんどいときって、砂浜まで行けないんですよね。
だから、砂を家に持ち帰る方法を探しました。
東城先生が考案された「砂袋」を知って、自分のためのご自愛枕としてつくったのが最初です。砂袋でご自愛のためにつくった枕だから、略して「砂枕」。
季節も天候も関係なく、布団の上で、砂に触れられる。
手が届くところに置いておける浮き輪にしたかったんです。
砂は、パラオ共和国のサンゴ砂を使っています。生地はヘンプやリネン、オーガニックコットンなどの自然素材。ひとつずつ、手で詰めてつくっています。

ひとつずつ、詰めています
砂枕づくりは、驚くほど地味な作業です。
サンゴ砂をすくって、袋に入れて、また次。その繰り返しです。
華やかなことは何もありません。腕は疲れますし、ひとりでやっていると「これでいいのかな」と思う日もあります。
それでも続けているのは、この砂がどこへ行くのか知っているからです。
眠れない夜を過ごしている方のところへ行く。痛むところを抱えている方のところへ行く。誰にも言えないまま、がんばり続けている方のところへ行く。
そう思うと、手が止まらないんです。
開業した頃は、砂枕は一種類だけでした。
それがいまでは、頭にも、お腹にも、肩にも、足にも使えるように増えていきました。増やそうと思ったわけではなくて、「ここにも欲しい」というお声をいただくたびに、形になっていった感じです。



「砂枕なんて、別になくてもいいんです」
ブログで何度も書いてきた言葉です。
売っている本人が言うことではないのですが、本心です。
私が伝えたいのは砂枕の良さではなくて、自分のカラダは自分で整えられるということだからです。
砂枕は、そのことを思い出すためのきっかけにすぎません。
治すための道具でもありません。何かを足すためのものでもありません。
ただ、砂の重みに身をゆだねると、呼吸が深くなる。頭で考えるより先に、カラダがゆるむ。
そうすると、カラダの声が聞こえやすくなるんです。
「ああ、私、疲れてたんだな」
「ここ、こんなに冷えてたんだ」
その気づきさえ戻ってくれば、あとはご自身で選んでいけます。何を食べるか、どう眠るか、何をやめるか。
浮き輪は、岸まで運んでくれる船ではありません。
沈まないでいるあいだに、自分で泳ぎ方を思い出すためのものです。
3年ぶりの砂浴で、思ったこと
この秋、sunalab. として初めて砂浴セルフリトリートを開催しました。私自身も、久しぶりに砂に埋まりました。
つくる側になってから、ただの体験者として砂に入るのは、本当に久しぶりでした。
志賀島の砂は、本当に美しいんです。潮風が運んできた砂が、さらさら、ふわふわと積み重なっていて、光が当たるとキラキラしています。
埋まっているあいだ、聞こえるのは波の音だけ。
目を閉じていると、だんだん自分とまわりの境目があいまいになってきます。
そのとき、ふっと浮かんできたのが、冒頭の問いでした。
私、ちゃんと浮き輪を投げられているかな。
3年やってきて、届いているのかな。届いていたとして、それは本当に浮き輪になれているのかな、と。
砂浴の詳しいことは、こちらに書きました。
砂に埋まって過ごす時間 砂に触れていると、ずっとこのままでいたくなります
答えは、レビューの中にありました
ありがたいことに、愛用してくださる方は確実に増えています。
そして、想像もしなかったようなお声が、次々と届くようになりました。
目の奥のしんどさが緩んでいくのを感じました
足が疲れ過ぎた時、片足のみ股関節から膝まで乗せて2時間程寝てみた所、疲れがすっきりと取れていました
肩甲骨が重ダルい日にはオンブローを下敷きにして寝ています
身体のあちこちに置いて砂シリーズ大好きです
読んでいて、いつも驚きます。
私が「こう使ってください」とお伝えしたわけではないんです。みなさま、ご自身のカラダと相談して、置く場所を見つけていかれる。
日々の過ごし方も、食べるものも、着るものも、お仕事も、遊び方も、ご家族の形も、ひとりとして同じ方はいません。
その、まったく違う暮らしをされている方々が、ありのままに感じたままを綴ってくださる。
これが、私の宝物です。
100人いたら、100通り
私は、使い方を決めていません。
「頭の下に敷いてください」とも「一日何分」とも言いません。決められないんです。
100人いたら、100通りのカラダがあるからです。
同じ砂枕でも、感じ方はまったく違います。すぐに変化を感じる方もいれば、しばらく経ってから「そういえば」と気づかれる方もいる。何も感じない方だって、いらっしゃると思います。
だから私は、効果を約束しません。
商売としては、たぶん下手なやり方です。「こうすればこうなります」と言い切ったほうが、きっと売れます。
でも、それをやってしまうと、いちばん伝えたいことが崩れてしまう。
答えを外側に求めなくていい。あなたのカラダが知っている。
そう伝えたくてやっているのに、私が答えを渡してしまったら、意味がありません。
だから、置く場所も、使う時間も、ご自身で見つけていただく。
そのほうが、ずっと確かなものになります。
レビューは、愛の結晶だと思っています
大げさに聞こえるでしょうか。でも、本当にそう感じています。
レビューを書くって、面倒なことですよね。書かなくても誰にも責められません。
それでも、わざわざ時間を使って、自分のカラダに起きたことを言葉にして、送ってくださる。
そこには、書かずにいられない何かがあったということです。
私はそのエネルギーに、どれだけ救われてきたか分かりません。
ハンドメイドなので、たくさんはつくれません。砂を詰める作業は地味ですし、ひとりでやっていると「これでいいのかな」と思う日もあります。
そんなときに届く一通が、背中を押してくれる。
「ああ、間に合ったんだな」と思えるんです。

そして、循環が起きています
ここからが、私がいちばんお伝えしたいことです。
レビューに込められた愛を感じ取った方が、それを受け取って、砂枕をお迎えくださる。
「この方が書いていることが、なんだか自分のことのように思えて」
そうおっしゃって、お迎えくださる方が本当に多いんです。
そして、その方がまた体感されて、ご自身の言葉でレビューを書いてくださる。それを読んだ次の方へ、また渡っていく。
ひとりの喜びが、次の誰かへつながっていく。
砂枕を通して、その景色を何度も見てきました。
ご自身が整うと、不思議と、まわりの大切な方にも渡したくなるみたいです。ご家族へ。お友達へ。手術を控えた方へ。
まずはご自身が満たされること。そこから溢れたぶんが、勝手に巡っていく。
そして、これは——
実は、私が思い描いた通りになっているんです。
売れるかどうかより先に、この循環が起きる場所をつくりたかった。開業前に考えていたのは、そのことでした。
3年かかりましたが、いま確かに、それが起きています。
そういえば、こんなこともありました。
sunalab. が少しずつ軌道に乗り始めた頃、私は夢リストを書いていました。いつか、こうなったらいいなと思うことを、ただ書き並べたものです。
そこに書いていたことのひとつが、今回の砂浴の初日に、企業さまからのオファーという形で目の前に現れました。
正直、驚きました。
狙っていたわけでも、売り込んだわけでもありません。砂を掘って、埋まって、波の音を聞いていた、その日でした。
直感を信じて進んでいると、思い描いたことが、思いがけないタイミングでポンっと目の前に現れる。
そういうことが、本当に起こるんです。



まだまだ、投げ続けます
4年目に入ります。
浮き輪は、届くべき方の近くに落ちなければ意味がありません。
だから、こちらから出ていきます。
10月は3か所でポップアップを開催します。
- 10.1–10.5 六本松 蔦屋書店(福岡)
- 10.9–10.13 小倉井筒屋(北九州)
- 10.22–10.26 江別 蔦屋書店(北海道)
これからも全国の主要都市で、期間限定のポップアップを開いていく予定です。
砂枕は、説明を読んでも分からないものだと思っています。乗せた瞬間の、あの重みだけは体感していただくしかない。
通りがかりにふと体感されて、そのままお迎えくださる方も、実は多いんです。「なんとなく気になって」と立ち止まってくださった方ほど、驚いて帰られます。
肩にそっとのせた瞬間の、あの表情が好きです。
「えっ」と言って、少し黙って、それから肩が下がる。
言葉より先に、カラダが答えるんです。そういう場面に立ち会うたびに、ああ、これは説明する商品じゃないんだなと思い知らされます。
そして面白いことに、ご自身のために選ばれた方が、しばらくすると「今度は母に」「友人が手術をするので」とおっしゃる。
自分が受け取ったものを、誰かに渡したくなる。
その順番が、いつも同じなんです。まず、ご自身から。
そして、sunalab. はこれから新しい展開も準備しています。
使い終わった砂枕の砂を、次の形に生まれ変わらせる取り組み。大学との連携。取扱店舗も少しずつ増やしていきます。
パラオのサンゴ砂は、堆積が問題にもなっている砂です。それを使わせていただいて、誰かのカラダがゆるむ時間になって、また次の形へ巡っていく。
そんな循環を、もう少し大きくしていけたらと思っています。
おわりに
浮き輪を投げ続けること。
それが、sunalab. のやっていることのすべてです。
つかまってくださってもいいし、つかまらなくてもいい。
砂枕でなくてもいいんです。散歩でも、湯船でも、土いじりでも。ご自身のカラダの声が聞こえる方法なら、何だって。
ただ、もし今、息が続かなくなりそうな方がいらっしゃるなら。
手の届くところに、置いておいてほしい。
そう思ってつくっています。
溺れていた頃の私が選ばなかったほうを、この3年間は選び取ってきました。
病院を辞めるという選択も、砂で生きていくという選択も、あの頃の私なら絶対にしなかったと思います。
その3年間は、振り返ってみると、志賀島の砂のようにキラキラと輝いています。
志賀島の砂 砂に埋まっているあいだ、聞こえるのは波の音だけ
4年目も、必要な方へ、必要なタイミングで届きますように。
ここまで読んでいただけましたご縁に、心より感謝申し上げます。
どうか、ご自愛ください。
sunalab. 西﨑裕美
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